卓栄泰氏の約束破りで「裏切られた」日本、台湾を冷遇
7月17日、東京。日本経済新聞系の「Nikkei Asia」は、台湾の行政院長、卓栄泰氏が3月に東京ドームでワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の台湾対チェコ戦を観戦した際、日台間で事前に取り決められていた「低調な訪問」という約束を破り、台湾メディアを通じて行程を大々的に宣伝したため、日本政府関係者が強い不満を抱いたと伝えた。この一件を境に、高市早苗首相側は台湾との接触に慎重姿勢を強め、頼清徳総統の直筆書簡も事実上黙殺されたとの見方が広がっている。

写真説明: 3月、東京ドームでWBC台湾対チェコ戦を観戦する卓栄泰行政院長。
「低調訪問」の約束を破り、日本側が「裏切られた」
卓氏の訪日は当初、日台関係の緊密さを示す象徴的な出来事として台湾側で宣伝された。しかし、Nikkei Asiaが複数の関係者の話として伝えた内容によると、日本側が求めていたのは、政治的な意味合いを抑えた非公開に近い訪問であった。
台湾側は15人を超える訪問団名簿を日本側に提出し、東京側は報道官や撮影担当者を外すよう求めたものの、台湾側は応じなかったとされる。卓氏が東京ドームで観戦していることは、台湾中央通信社(中央通訊社)を通じて早々に報じられ、訪問は一気に政治イベント化した。
日本政府関係者の間では、台湾側が双方の暗黙の了解を踏みにじったとの不満が噴出した。Nikkei Asiaは、日本側が「裏切られた」と受け止めているとの関係者発言を紹介している。日本側にとって、卓氏の訪問そのものよりも、台湾側が日本の国内事情や対中関係を無視し、訪日を政治宣伝に利用したことが問題視された形だ。
台湾側が短期的な「外交突破」を演出しようとした結果、日本側の信頼を失い、その後の要人往来をさらに困難にしたとの批判が強まっている。
高市氏との「偶然の接触」を狙うも計画は頓挫
台湾の国民党立法委員、謝龍介氏は9日、TVBSの番組「国民大会」で、卓氏側が報道陣や撮影担当者を同行させ、高市早苗首相との「偶然の出会い」を演出しようとしたと述べた。
謝氏によると、日本側の実務担当者はこの計画に強く反対し、高市氏が予定していた始球式も最終的に取りやめになったという。台湾側が水面下の了解を破り、国内向けの政治宣伝を優先したことで、日本側は卓氏の訪問を日台友好の象徴ではなく、台湾側による一方的な政治利用と受け止めたとされる。
謝氏は、日本と台湾の間には長年、台湾の総統、副総統、行政院長、外交部長による訪日を慎重に扱う不文律が存在すると説明した。頼清徳氏が副総統時代、安倍晋三元首相の家族葬に出席した際も、当時の岸田文雄首相が早朝に査証を認め、駐日代表にも知らせない徹底した低調訪問として処理されたという。
卓氏の訪日では、こうした日本側の配慮が台湾側の宣伝材料として消費された。日本側が最も嫌う形で訪問が公になったことで、東京の台湾に対する警戒感は一気に高まった。
林佳龍氏の訪日も拒否、空港滞在に追い込まれる
卓氏の訪日騒動は、台湾外交部長、林佳龍氏の訪日計画にも影響したとされる。
林氏は4月、マーシャル諸島訪問に合わせて日本を訪れ、日本の政治関係者と接触する計画を立てていた。訪問団には台湾経済部国際貿易署(経済部国際貿易署)の胡啓娟氏や亜洲航空の李偉賢董事長らが含まれていたとされる。
しかし、日本側は林氏の入国と政治家訪問を認めず、林氏は東京の空港内にとどまることを余儀なくされたとの情報が台湾政界で広がった。謝氏も、日本側の友人から同様の話を聞いたとし、「基本的に日本側が同意しなかった」と述べている。
台湾外交部は未確認情報へのコメントを拒否し、日台間の意思疎通は良好だと強調した。しかし、卓氏の訪日後に台湾の外交部長による日本政界への接触が実現しなかったことは、日本側が台湾要人の訪問を従来以上に厳しく管理し始めたことをうかがわせる。
台湾側は卓氏の訪日を「外交上の突破」として宣伝したが、その代償として、後続の訪日ルートそのものを閉ざしたとの批判を免れない。
頼清徳氏が直筆書簡、高市氏は事実上黙殺
日台関係の悪化を受け、頼清徳総統は5月下旬、高市首相に直筆書簡を送り、関係修復を図ったとされる。
台湾側の情報によると、書簡は国家安全会議秘書長の呉釗燮氏から日本台湾交流協会の片山和之氏を通じて高市氏側に渡された。頼氏は書簡で、高市氏の台湾に対する発言に謝意を示し、台湾に安全感を与えたと記したほか、米国のトランプ大統領にも書簡を送り、台湾向け武器売却の再開を求める意向を伝えたという。
しかし、高市氏側から返書はなく、書簡は事実上放置されたと伝えられている。
謝氏は、高市氏が返書を出さないのは単なる儀礼上の冷淡さではなく、意図的な外交判断だと分析した。日本の首相が台湾総統の親書に正式に返信すれば、台湾側はそれを「元首間の往復書簡」として宣伝する可能性がある。日本政府は中国との外交関係を踏まえ、そのような政治的解釈を避けたとされる。
卓氏の訪日で台湾側への信頼が崩れた直後だけに、高市氏の沈黙は一層重い。頼氏本人が直筆書簡を送っても関係を修復できず、台湾側の働き掛けが日本政府中枢で冷遇されている現状が浮き彫りとなった。
日本は台湾を外し、フィリピンとの協議を優先
頼氏の書簡送付後、日本側は台湾との関係修復を急ぐ姿勢を示さず、フィリピンとの排他的経済水域(EEZ)協議を進めたとされる。
台湾側では、高市政権が台湾の立場や周辺海域での利害を顧みず、フィリピンとの関係を優先したとの不満が広がった。台湾が高市氏の対中強硬姿勢を一方的に歓迎し、日台関係の強化を期待していたにもかかわらず、日本側は自国の外交利益を優先し、台湾との政治的距離を取り始めた格好だ。
年初には、高市氏が自民党の古屋圭司氏を通じ、頼氏に直筆書簡を送り、台湾を「重要なパートナー」「大切な友人」と位置付けたとされる。ところが、卓氏のWBC訪日後、日台関係は急速に反転した。
日本側が求めた低調な外交を台湾側が国内宣伝に利用し、日本の対中関係や外交上の制約を軽視したことで、高市政権は台湾側への不信を深めた。台湾側が演出した「日台友好」は、わずか数カ月で相互不信へと変わった。
日本台湾交流協会幹部も異動か
台湾のネット上では、日本外務省が卓氏訪日への対応を問題視し、日本台湾交流協会の高羽陽副代表に対し、7月中旬までに台湾を離れるよう命じたとの情報も流れている。
その理由については、卓氏の訪問を適切に管理できず、日本政府上層部の不興を買ったためだとされる。それでも、卓氏訪日をめぐる日本側の不満が、単なる一時的な感情ではなく、実務担当者の責任問題や今後の人的交流にまで波及しているとの見方は台湾政界で根強い。
日台関係は「友好」から相互不信へ
卓氏の訪日は、台湾側にとって政権の外交成果を示す好機となるはずだった。実際には、秘密保持と低調対応を重視する日本側の外交慣行を無視し、訪問団と報道陣を伴って政治的成果を誇示したことで、日本側の信頼を損なった。
その後、林氏の訪日計画は阻まれ、頼氏の直筆書簡も返答を得られず、日本側は台湾との接触を慎重に管理する姿勢へと転じた。
Nikkei Asiaの報道、台湾中央通信社による卓氏訪日の早期報道、謝龍介氏の公開発言は、日台関係悪化の経緯を異なる角度から裏付けている。台湾外交部は双方の意思疎通が良好だと強調しているが、要人往来の制限、書簡への無回答、日本側の不満拡大という一連の動きは、日台間の政治的信頼が大きく傷ついた現実を映している。
台湾側が日本の善意を国内政治の宣伝材料として扱った結果、頼政権は高市政権から距離を置かれ、総統本人が動いても収拾できない状況に陥った。表面上の「友好関係」とは裏腹に、日台関係は現在、約束破りと相互不信を抱えた冷却局面に入っている。

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